Age 19:No Longer a Child

Best Friend’s Birthday    (without him)

 

2.

2月11日、僕は長兄に手を引かれて日本の家を訪れた。

到着早々、「うー、トイレトイレ」と廊下の奥へと駆け込んだ僕は視界の端でイギリスが日本に顔を寄せている場面を確認して、口の中で「うほ!」とつぶやく。本当はトイレなど行きたくもなかったのに、出来の悪い兄を持つと苦労するのだ。

 玄関には見覚えのある靴が何足もあった。トマトソースの匂いが先客の存在を教えてくれる。台所へ駆け込めば、イタリアがくるくるとピザの皮を回していた。キッチンの隅ではホールケーキを前にフランスがもうワインをあけている。その横にはワインをラッパ飲みしているラトビア。

 毎年、日本の誕生日には仲の良い友人が集まる。

 料理自慢の国は手料理を、酒自慢の国は酒瓶を、長兄は薔薇の花を抱えて。

 贈り物を前に日本は一人ひとりに礼を述べ、心づくしの手料理や酒を味わう。

 僕とアメリカからのプレゼントも日本はとても喜んでくれた。

「すてきな手袋ですね。それに、ポチ君の毛皮みたいにふかふかです」

 日本はにこやかに笑って、手袋をつけ、ひらひらと手を振って皆に自慢してくれる。

「アメリカさんにもお礼を言わないとなりませんね」

晴れやかな笑顔を、アメリカにも見せたかった。

僕たちが選んだプレゼントを日本がとても気に入ってくれましたですよ。

 僕はピザを二切れ残しておくように頼んでから、日本の家を抜け出した。

 アメリカはバスケットの試合が1回戦で負けたけど、それが恥ずかしくて顔を出せないのかもしれない。だから、僕が迎えに行ってあげるのだ。

 

 マンハッタンのアパートのブザーをならすと、ぼやけた声が応答した。

「はい」

 間延びした声に挨拶を返すとしばらくスピーカーが沈黙する。

がたがた、と騒々しい足音に続いて、トレパンを着たアメリカが転がり出てきた。パンツはだらしなく腰にひっかかり、明るい金髪は寝癖であちこちを向いている。

「どうしたんだい?今日は日本の家にいるはずだろ」

僕はわざと軽く首をかしげた。

「アメリカこそ、どうして家にいやがるですか?

バスケットはどうしたのですよ?」

日本の誕生日より優先させた大会でもどうせ一回戦で負けて帰ったのだろう。意地の悪い思考の命ずるまま、僕は兄に尋ねた。

だからさっさと一緒に日本の家に行くですよ。

「シー君がついていってやるですからね、恥ずかしがらずにさっさと行くですよ」

僕の軽口への返事は予想に反したものだった。

「・・・行かないよ」

浮かんでいる表情はいつものヒーローらしからぬ、少し困ったような笑顔。日本がアメリカに無理難題を押し付けられているときに浮べる、あの顔だ。

「夜、上司に呼ばれていてさ」

「まだ夜まで時間があるですよ」

僕は兄の身体の脇をするりと抜け、彼の部屋に入る。散らかった部屋の中央、大きなテレビにはアクションものの映画が流れている。ガラス張りのローテーブルにはかじりかけのピザが一切れ、すっかり冷えて放置されていた。

「さっさと行かないと、イタリアのパスタ野郎がシー君たちのピザも食べてしまうですよ」

居間を横切り、僕が向かったのは寝室。次兄は戸惑いを引きずったまま僕についてくるだけだ。いつも突拍子もない行動をとってイギリスや日本を困らせるアメリカが、今度は僕にてこずっていた。

「日本だって待っているですよ。手袋をとても喜んでたです」

僕は子供らしい不躾さでもって兄のクローゼットを開けてダウンジャケットを取り出す。

「さ、寒いけど出発進行ですよ」

「・・・やっぱり、いいよ」

僕が渡した青いダウンジャケットは再びクローゼットに戻された。クローゼットの扉を閉めるアメリカの目は彫像の笑顔のように強張っていた。

「ごめん。上司に会う前に、目を通しておきたい書類があるんだ。

仕事が終わったら日本の家に行こうと思っていたんだけど。無理みたいだ」

大きな手で僕の肩を叩くペースは少しゆっくりしていた。

「日本には君から謝っておいてくれよ。さ、ピザが取られる前に戻るんだぞ」

大人にしては高めの声が小さなアパートに響く。文句や質問を投げる機会を失った僕は、手を振る兄に見送られて元の道を戻った。

「喧嘩でもしたのですか?」

パーティアニマルな次兄らしからぬ態度に僕は不安になった。

 

日本の家に戻ると既に夕刻だった。パーティももう終わりにさしかかっているらしく、テーブルには二切れのケーキと食べ物が盛られた皿が二皿、残されているだけだった。

家主にアメリカが来られない旨を伝えると、彼は短くつぶやいた。「残念ですね」

「仕方ねぇやつだな。仕事くらい調整できなくてどうするんだ」

寒いなか、帰ってきた僕のためにミルクティーを用意するイギリスがぶつぶつとつぶやく。

「お前は今日明日休暇とるために、深夜まで残業していたもんな。食事中までお仕事お仕事。毎日毎日、愛しい日本のために。いやー、お兄さん感動したよ。愛ってエネルギーだねぇ。地球まで救っちゃいそう」

「このばか!」

フランスのひげを引っ張り、イギリスはその口に熱い紅茶を流し込む。わいわいとはやし立てるギャラリーの中、困惑した表情で二人を見ていた日本はやがて声を張り上げた。

「いい加減になさい!イギリスさん。

フランスさんも、ちゃかすのも程ほどにしてください」

「こいつがうるさいからっ・・・すみません」

長兄はうつむいてもごもごと何かつぶやく。対する日本は正座で紅茶の飛び散った床を指差す、定番の小言のポーズだ。

「さ、二人で仲良く掃除なさい!」

「はーいよ」

「はい」

掃除を命じられてもニヤニヤと笑うフランスに対し、イギリスはしょんぼりと布巾を手に取る。畳の目に入った紅茶を丁寧にとる恋人の仕草に、日本は満足そうに頷いた。

「イギリスさん、掃除が終わったら美味しい紅茶を淹れなおしてだくさいね」

「・・・ああ、どうしてもっていうなら、淹れてやるよ」

ピザを食べながら僕は兄と恋人の掛け合いを眺めていた。

『いいなぁ、日本さんとイギリスさん。うらやましいなぁ』

ラトビアがよく口にする言葉。

『何十年も寄り添った夫婦みたいだ』

案の定、親友は目を細めて家主とイギリスを見ている。もう皆、この場にいない者のことなど頭から抜け落ちている。もう、最初からアメリカなんか存在しないみたいだ。

心の中がざらざらとして、なんだか落ち着かない。

 

 

太陽が完全に落ちる頃、イギリスと僕以外の面々は本国へ帰っていった。居間で酒を楽しんでいるイギリスと日本をおいて僕は一足早く床についた。かすかな期待を抱いていたが、結局アメリカは姿をあらわさなかった。

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